出羽鶴

幕末の1865年、明治維新による新しい時代の幕開けを目前に控える中、現在の秋田県大仙市に「ヤマト酒造店」は創業した。蔵を開いた伊藤家は17世紀に西国から東北へ移住し、秋田の地で地主となって庄屋の役割を代々受け継いできた家系である。しかし12代目当主の伊藤重四郎氏が屋敷の一角に酒蔵を建造、地元で収穫される良質な米を使い日本酒の醸造を始めたのである。そして跡を継いだ13代目当主伊藤恭之助氏の手によってヤマト酒造店は企業化され「鶴のように優美な出羽の国の酒になるように」と願いを込めて「出羽鶴」と命名された。出羽鶴酒造株式会社としての始まりである。出羽鶴酒造は出羽丘陵に囲まれた山間に位置しており四季の気候の違いがはっ
きりしている。夏から秋にかけては温暖湿潤で酒米栽培に適し、冬は寒冷で酒造りに適しているという好条件なのだ。仕込み水には出羽丘陵の雪解け水を水源とする湧水が使われている。緑豊かな山々から地下に浸み込み、幾重にもなる地層を透過して湧き出る水は清冽で柔らかく、出羽鶴の特徴である滑らかできめ細かい酒質を形作っているのだ。また、蔵周辺の土壌も大変肥沃であり農作物栽培に適した環境が整っているのである。

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