刈穂

秋田県有数の穀倉地帯である仙北平野に位置する刈穂酒造。1913年、隣村で酒蔵を営む伊藤恭之助が蔵を譲り受け、仲間とともに酒造業を始めたことにより刈穂酒造の歴史は始まる。蔵の奥羽山脈からの水脈が注ぐ雄物川のほとりにあり、豊かな水と肥沃な土壌に恵まれた秋田県随一の水運物流の拠点として機能していた。近隣で栽培される良質な原料米を使用し、戦後の復活からはいち早く高品質な酒造りに取り組み、現在は製造するすべての日本酒が特定名称酒となっている。日本国内のみならず、アメリカやヨーロッパへの輸出も積極的に行うなどグローバルな視野で酒造りを行なっている。仕込みで使われる水は奥羽山系の雪解け水が地下深く浸透し、蔵近くに堆積されている厚さ13mの砂礫層に洗われて汲み上げられた、秋田県内陸部では珍しい中硬水。香り高くキレが良いと言われる刈穂の独特の風合いはここから生まれている。刈穂の名は、飛鳥時代の天智天皇(626年-671年)の和歌『秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ』に由来する。この詩は田畑を耕す農民
の生活を思いやった和歌といわれており、酒造りをするものにとって深い意味を持っている。

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